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お知らせ

この度、妹 野中洋子は、一年足らずの闘病の後、残念なが ら 一月三十一日早朝、旅立ちました。

生前の皆様の変わらぬ御厚情と友情に深く感謝申し上げ、ここに慎んで御報告致します。

2004年1月31日 パロアルトにて

姉 谷口 淑子
田中久美子


1 — Monday, January 19, 2004 11:53 PM

洋子さん

 今は辛くて想うようにならない毎日のように聴いていますが、沢山の人が頑張って快方に向かっていますので踏ん張ってください。病は気持ちを強く持つのが一番大切ですので決して挫けないように。小生は余り役に立たないかもしれませんが、男手がほしいのでしたら行きますので遠慮なくご主人に伝えて言って来て下さい。そして淑子・久美子姉には思う存分今は世話になることが何よりだと想います。ジョルダノさんとデア−ンも大変いい頼りになる方で何よりです。回復を信じています。

孝三より


2 — Sun, 08 Feb 2004 11:17:52 +0000

洋子さんの、お姉さまへ

妹さんを亡くされて、どんなにか、おつらいことかとお察し申し上げます。

ただ、洋子さんは、お姉さまたちの看病で、本当に安心してられたと思います。それだけが、私にとっては、少しの慰めです。

心から、洋子さんの、ご冥福を祈っております。

礼子カースルズ ロンドンにて


3 — Wed, 4 Feb 2004 00:20:21 +0900

久美子さま

こちらは、きょうは節分です。

明日は立春です。

(でも、もう、日付が変わっていました。)

丹羽先生から、久美子さんにご伝言がありましたので、先生のメールを転送させていただきますね。

私も、久美子さんになにを言ったらよいか、言葉もありませんが、神様からのおいつくしみとおなぐさめを祈るばかりです。

   では またね       浩子


4 — Tuesday, February 03, 2004 11:51 AM

先日お電話を頂いて、なかなか心の整理ができずにおりました。悲しく、淋しく、特にご家族の皆様のことを思うとたまらない気持ちです。でも、先日のあなたからのメールをもう一度読み返しながら、まさに、良き時を神様は備えてくださり、そしてみもとに迎えてくださったのだと、慰められております。命の重さ、厳しさを思うと共に.、その命をつかさどってくださる神様の計り知れない大きさと、そして暖かさをも思いたいと祈っています。田中さんとはお目にかかることがなかなかないと思いますが、どうぞ側にいて慰めて、力つけて差し上げてくださいね。いつも神様の平安と祝福をお祈りしておりますとお伝えくださいませ。あなたの妹様のことも気にかかっています。すぐにどうということもないだけに、どんなにかご心配のことだとお察しいたしております。

一日も早く、神様に導かれ、トンネルから抜け出られる時が来ます様にと毎日お祈りいたしております。インフルエンザが流行ってきています。ご自愛くださいませ。丹羽和子


5 — Mon, 9 Feb 2004 23:31:56 +1100

拝啓、

厚木に住む杉浦と申します。

私はBerettaとは彼のキヤノン時代からの友人で、アメリカに行った時に洋子さんとは立ち話的に話を交わした者です。

心から彼女のご冥福をお祈りいたします。

敬具


6 — Wednesday, February 18, 2004 5:22 PM

田中久美子さま

このたびは突然のお知らせに驚きました。

ご病気だったこと、まつたくなにも知らないで言葉も掛けて上げられなかったこと、残念です。

ジョルダーノからの案内でwebsiteで最後の写真までの最近の洋子ちゃんの写真を見て胸が痛みました。最後の写真の痛ましく痩せられた姿は悲しいばかりでした。

僅かな救いはお嬢さんとの親密な様子で、一時は彼女のことで悩んだり傷ついたりしていたことを聞いていただけに最後に仲良く時間を過ごせたことはなによりでした。

考えてみれば彼女はどんな局面でも明るく前向きでファイト溢れる女性でした。

私は彼女が伊丹空港で働いていたころからの友達で洋子ちゃんがイギリスへ行くときに、友人の礼子カースルズさんを紹介して、ロンドンでは礼子ちゃんとも仲良くしていたようです。

一番最近は二年前ぐらいでしょうか、またもどったゼロックス社の仕事で日本に来た時に、半日西麻布のギャラリーや骨董店でゆつくりした時間を持ちました。作家もののきれいなポットをプレゼントしたところ「最近はこうした時間をもっていないなあ」と喜んでくれたのが印象的でした。

ジョルダーノさんとは彼が千葉・幕張での学会に来た時に同伴してきて我が家でワインパーティをしたことがありました。

websiteの写真ファイルにその時の写真を発見してとても懐かしく思いだしました。

いつもまるまるとふくよかで(太っているとは言いません)元気だった洋子ちゃんのご冥福をお祈りします。

ジョルダーノさんも優しくて本当によいパートナーでしたね。

お姉さんお2人とのクリスマスの飾りつけの写真を拝見して最後まで看とられたのでしょうか。

高知の葬儀には参列させて頂きたいと思います。

パロアルトの葬儀に向けても弔辞を送りたいと思いながら悲しい沢山のことばを英語にする自信がなくてなにも出来ず「いまごろキッチンで…」と偲んでおりました。

連絡の不行き届き、お許しください。

川部重臣
shigeomi.kawabe@nifty.com

〒112-0003 東京都文京区春日2-24-12-901
Tel .03-3818-4466/Fax. 03-3818-4416
携帯:090-2224-5638


7 — Fri, 20 Feb 2004 11:35:05 +0900

田中久美子様

此れが其の侭、久美子様に繋がっているのでしょうか?

洋子さんの沢山のお写真拝見させて頂きました。有難う御座いました。

久美子様とも一度西宮でお目に掛った事があります。百合子おば様には、随分お世話に成りました。

洋子ちゃんとは、アメリカ、英国、ポルトガル、東京と度々、お目に掛かり、親しくさせて頂いていました。

本当に残念な事でした。心からお悔やみ申し上げます。沢山のWebsite をGiorudano さんからお送り頂き、拝見出来ただけでも、有り難かったと、涙しつつ半分ぐらいプリントアウトいたしました。

何と言う急ぎ足で、行ってしまわれたのでしょう!心からご冥福をお祈りいたします。

百合子叔母さまに宜しくお伝え、下さい。

坂本尚也&朗子


8 — Mon, 23 Feb 2004 22:36:44 +0900

Dear Ms.Tanaka,

この度の妹様の訃報を知り、心よりお悔やみ申しあげます。

度々サンフランシスコまで行かれて手厚い看護をされておりましたのに、本当に悲 しい結果になってしまって・・・。深い悲しみと、空しさと、力落としの中におられることとお察しします。

ホームページ読ませていただいています。すばらしい人生を送られていたのですね。本当にもっと活躍していただきたかったです。でもお姉様たちに見守られて最後までお幸せな人生だったと思います。

どうぞお身体、おいとい下さいませ。

山内哲子


9 — Fri, 30 Apr 2004 09:31:37 +0900

野中さんとは伊丹大阪国際空港インフォメーションデスクのスタッフとして一緒に働いていました。1968年から69年にかけてのことです。国際空港という名にふさわしい機能と外観をそなえた新しい空港のインフォメーションスタッフ一期生でした。スタッフの中で一番若かった野中さんですが、他の職場をすでに経験していました。前の職場に不満を感じていたのではなく、自分自身により能力をつけるための転職だったようです。真面目な彼女の仕事ぶりについては語る必要もないと思います。努力家であると同時に明るく、また他人を思いやる心のあたたかい人柄は、仕事仲間のみならずインフォメーションデスクで応対する人々にも常に好感を与えていたと思います。ある時、デスクに問い合わせにやってきた人が彼女の親切で行き届いた対応に感激し、空港のお店で洋菓子を買ってきて固辞する彼女に無理やり受け取らせたこともありました。

野中洋子さんの印象は、お花にたとえるならひまわりかなと私は思います。溢れるような明るい笑顔(今でも私の中に出てくる彼女は溢れんばかりの笑顔です)、暖かい日差しを思いっきり受けて大きく自分を開いていこうとする行動力。そんな彼女を私はいつも好ましく、たのもしく、また羨ましく見ていました。積極的な行動力と同時に彼女は慎ましさもしっかりそなえていました。一緒にいる人とは明るく気軽につき合える気安さを感じさせながら、相手の中に立ち入りすぎることはしない。私には理想的な友人でした。1年後、私が空港を辞めてからも時折連絡をとって会っていました。その後、野中さんも空港での仕事を辞め、英語をさらにブラッシュアップするためにイギリスに行き、帰国後は中国博の仕事にかかわり中国にも行ったりとその行動力と向上心には常に頭が下がりました。

住む場が、野中さんはアメリカ、私はイタリアへと離れ、彼女にかわいい赤ちゃんが生まれたと写真をいただいた後、私達の手紙のやりとりは長く途絶えていました。「彼女はどうしているのかしら」と私は気にしてはおりました。しかし野中さんは25年ぶりに空港時代の友人を通じて私を探し出してくれました。私のことをまだ覚えてくれていたことに感激しました。数年前久しぶりにお会いした時は、一度に30年前の気分に戻ってしまうほど昔のままの素敵な野中さんでした。調子がお悪かったことも知らなかったし、その後お会いする機会もなかったので、未だに亡くなったという実感は持てません。また今年のクリスマスにはお手紙が来るかもと思ってしまいます。

野中洋子さん、またその笑顔にお会いしたいものです。

欅谷 由紀子


皆さまへ

この困難な何ヶ月の別れの間、親愛なる妻、洋子がいかに多くの愛情、感謝の気持ちを皆さまから得ていたかを知ることができました。また、洋子が多くの方々の人生にポジティブな影響を与え、世界中に喜びをもたらすといった使命を持っていたことを知り、心が温まりました。

素晴らしい手紙、カードや電子メールのメッセージの数々、心から感謝申し上げます。それらのいくつかは洋子のWebサイトでみることができます。また、慰めの言葉、洋子の3つの最後の目的地まで付き添っていただいたこと、またたくさんの花々、寄贈に感謝いたします。洋子の最後の日々の間、お姉様の淑子様、久美子様による控えめでかつ献身的な看病は言葉に言い尽くせません。彼女たちの看病は、洋子の最後の何ヶ月かの間、希望の光を与えました。さらに、洋子の義兄様である靖之様、孝三様、そして甥の裕樹様の献身的な愛情にもお礼申し上げます。

洋子の親しい友人の皆さま、キャスター・ヒロコ様、エルビア・フェジン様、フラン・フラー様、ジェニファー・ピント様、キャシー・シェリダン様、そしてエイリン・スーレス様は最後まで洋子の傍にいて下さり、リーディンググループの方々は常に彼女の心の中にありました。洋子の主治医のジェフリー・クローク様は最後の最後まで、アドバイスを下さり、我々を勇気付けてくれました。スタンフォード病院のネルソン・テング様のケアはすばらしいものでした。

さらに、ゼロックスインターナショナルパートナーズの洋子の同僚の皆さま方、特にスニル・グプタ様、リンダ・アトキンソン様, ジェニス・ジェイコブス様、安川タマヨ様のご支援に感謝申し上げます。

最後に、川部重臣様、中沢 マルロ&ミナ・デ・ポンティ様、ワンダ・フォレッティ様、ギュンタ&シグリンデ・ヘクト様、ヘンリック&エンリカ・マグ様、クランデ&アナリーズ・ミカウド様、ラファエロ&カーラ・モリナリ様、ピーター&ムリエル・シュノルフ様、そしてロバート・ベーム様、ガブリエル&グロリア・マルク様、ミドレッド・ネルソン様からの大きなご支援なくしては、洋子の複雑な最期を私自身乗り切ることができませんでした。本当にありがとうございました。

ジョルダノ・ベレッタ


野中洋子 website

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